
アマゾンの上流、ペルーに属する場所に、水上都市があります。
名前は、イキトス。





(data--nikonF90,kodak ebxリバーサルで撮りましたが、取り敢えずの簡易スキャンで酷くてすいません。ちゃんとスキャンする機会があれば、差し替えておきます。)
今の私たちは、街道を行く、といように、道と言えば陸上道路を思い浮かべますが、昔は、陸上道は獣道しかなく、川が幹線道路の役割を果たしている時期のほうが歴史上遥かに長いようで、水の道を行く、というほうがしっくりきます。熱帯雨林のアマゾンも同じように川を船で遡るのが最大の交通路で、川のほとりの便利な場所に都市が発生してきました。
日本でも、聖徳太子の時代には、河内湖、が大阪のど真ん中にあって、生駒の山のふもと辺りまでは水上で、岬だった今の大阪四天王寺辺りから船で湖に入って、大和川を遡ると飛鳥に辿り着くルートで、水上交通の便利さから、奈良に都が出来ていたようで、どこも昔は同じようです。
(たびちゃん、<水の道>も、あちこちで行きました。カテゴリーに、<たびちゃん、水の道を行く>、作って時間があれば書き込んで行く事にしました。)
。。。
さて、アマゾン流域の都市としては、ブラジル側のマナウスが有名ですが、アマゾン川の源流は、そもそもアンデス山脈で、上流流域はペルーに属しています。このイキトスは、西洋人が19世紀終わりごろ南アメリカに進出してゴムの出荷地として突然開けて行きましたが、今も、昔ながらの水上都市が残っていて、不思議な風景を見せてくれます。
川べりに建つ水浸しの集落群と、完全に水の上に杭を多数打ち込んで浮かび上がった集落群が、お互いに小船で往来しながら生活しています。それを取り囲むように、現代の小さな都市が開けていますが、ともかくも、かなりの規模で古来からの生活も共存して共生しているのは、今となっては、かなり珍しく、たびちゃん、ペルーでは、ここが一番好きな場所になっています。
最近は少し近代文明が色濃くて、小船も船外機を付けたのも多く、水上に船で出来たガソリンスタンドも浮かんでいますが、この小船で出来たガソリンスタンドは、とても新鮮でしたし、今も、かなり大きな木造のバナナボートがやってきて、巨大なバナナの房が、道一面に並ぶ様は圧巻です。川べりには、かなり規模の大きな市場が広がっていて、すぐに市場へと運ばれ行き、このあたりの人のエネルギーを賄っているようです。ただ、食べ捨てられた皮が町に異臭を放って、川べりの水は現代人には匂いをかぐだけで伝染病にかかりそうな有様ですが、平気でその川で子供たちは泳いで遊んでいますから、驚きます。
水面から電柱が出ていたり、木がでていたりしますが、これは、水の国の日常的風景で、川の水位が季節によって変動するので、水かさが増した時期には水面から、水位が下がったときには、陸の上に見えるわけで、高床式の住居は水位の幅だけ足が長い、ということになります。バングラデッシュも海抜0m国家で、雨季には水の上に人が暮らしていて、どこが海で何処が道か不明な状態に陥ります。この辺りはかなり水位が変化するのは、写真で見ても高床の足が長いのでも想像できます。


(小さな木造ボートが家と家を繋ぐ交通手段になっている。流石に、うまく操っていく。)
ここから、川を少し、1時間も入れば、まさにアマゾンの生活が広がっていて、映画で見る、あのジャングル生活を垣間見れます。もっとも、どこでもそうですが、町の近くは観光汚染されて、原住民も俗化して、写真を撮ると、お金をねだるありさまですから、もっと自然のアマゾンを見たい、もっと深くまでということなら、土地のツアー会社が4日から1週間程度の密林ツアーを主催していて、人気のようです。勿論、依頼すれば、ガイドつきで一月でも可能ですが、ジャングルというのは、何処でも同じですが、行けども行けども同じような風景ですから、そこまで奥地に入ってみる値打ちがあるかどうかは、少し疑問です。
マナウスにあるのが有名ですが、ここにもジャングルの木の上に部屋を一杯作り、部屋と部屋は木の上に作った廊下でつなぐ、というスタイルのジャングルホテルもあるようですから、面白いかもしれません。そもそも水上都市そのものが、疫病や獣の襲撃を防ぐという目的ですから、当然色々好まざる動物が生息しているわけで、木の上に寝るというのは合理的です。
イキトスは陸上交通では行けない世界最大の都市(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AD%E3%83%88%E3%82%B9)で、飛行機か船でしか辿り着くことはできません。ですから、アマゾンを使った船の交通の重要度が大きいのと、かってゴムの集散地として、ぽつんと、それこそ1890年ごろ突然開けた都市で、ペルーの文化圏というよりは、アマゾン流域の経済圏文化圏に属しているように思えます。そのためにペルーにありながら、アマゾンの生活様式が見られて、面白い旅になるかもしれません。
この町も、やがてはゴムの産地はマレーシアに移行して、やがては、1920年頃には衰退してゆくのですが、それでも、ゴムで財を成した人物が、パリ万博でエッフェルタワーを見て、鉄の家を発注して分解し、船でここまで運び組み立てたという家も残っていて、当時の栄華を少しは偲ぶことが出来ます。ただ、経済的に考えて、ヨーロッパから見て、コスト的にマレーシアのほうが安くなったのか、あるいは品質の問題でそうなったのか、競争力を失っていった理由については、かなり興味がありますが、今のところは謎で私には残ったままです。

(近郊からのバナナボート。距離のあるところからは、かなり大型の木造船がバナナを満載してやってくる。大型船のバナナの房は1m程度の高さがある。)

(スラム化した川べりの地区。道は水浸しになり、ごみが散らかって、かなり強烈な異臭を放っている。)


(水辺では、子供が遊んでいるが、水はかなり汚染されている。)

(川べりの高床式の住居。カメラが傾いているというよりは、家が傾いている。)
ーーーー
<旅データ>
(about)
人口40万人程度の町。水上都市はマレン地区にあります。多少、スラム化しています。
多少、ややこしげな、こういう場所は、世界中どこでも、地元の人間に案内してもらうと、うまく行きます。団体で、どかどかと入り込むと敵対されますから、静かに、そっと、さりげなく、通過するのが一番です。観光船など無いですから、小船を交渉でお願いして流れれば、結構、家の中まで案内されたり、フレンドリーに通過できます。
撮影は日が沈むまでに完了するのが無難で、日が落ちると蚊の襲撃にあいます。あまり、お勧めしません。どうしてもなら、防虫スプレー、腐るほど全身塗りこめてが必須です。
ーーー
(交通)
一般的な行き方は、リマから飛行機で行くのが一般的です。1時間半ぐらいで到着します。
ジャングルに阻まれて、陸の孤島ですから、当然、バス等の陸路はありません。
ペルー飛行機国内線は、遅れることも多いですから、余裕を見て計画を立てたほうが無難です。
マナスル側から(ブラジル側から)アマゾンを遡って行かれるのも、おもしろい船旅が楽しめて良いらしいですが、未経験です。時期によっては運行していない時もあるようですから、予めチェックしておく必要があります。
ーー
(宿泊)
タウン側には、まずまずの近代式ホテルも、わずかですがありますし、中華料理店も、味はともかくも町にはありますので、バックパッカー以外の方でも、それほど酷い旅にはなりません。最近は、少し日本からのツアーもあるようですが、マチュピチュ帰りに、ちょいと一泊、ジャングル少し、というのが多いようですが、こういう所は一人でのんびりが良いかもしれません。
ーー
(マラリア)
あと、イキトス空港に降り立ったとたんに、マラリア蚊のうなり声に皆驚きますが、南米のマラリアの致死率は、西アフリカのマラリアに比較して、かなり低く、良性のマラリア?、ですから、寝るときには部屋に蚊がいないか確認して、蚊取り線香あたりを付けて寝ておけば、まあ、それほどでもないようです。この蚊は日が沈んでから、動きますから、日が沈んでからは大人しくしているのが無難かもしれません。
この病気は、感染後24時間が勝負ですから、直ちに病院に行かれることが大事です。
病院は、そこそこありますが、内部に深く入る場合はキニーネの予防薬、日本でも処方可能ですから持参されると心配は少ないかもしれません。ただし、日本には無い病気ですから、風土病の類は現地の医者の方が詳しいですから、現地のしっかりした病院に直行されるのが無難です。
ーー
(治安)
治安は、以前W大学の川下りのチームが、ここで、軍人数名に、二人殺害されて金品を取られて一気に有名になってしまいましたが、一般的には、一人旅的には、中級程度で、アフリカに比較するとそれ程でもないと思います。今の所、ちょいと、注意して流れれば、問題のない場所だと思います。
カメラを見せないこと、金品を見せないこと、あたりが大切で、給与が日本の100分の一の国は多数ありますから20万円のカメラは現地では2000万円の価値があるわけで、失業率の高い国(ペルーは嘘か誠か80%の失業率といわれます)では、危険になります。アフリカあたりではカメラマンが交差点で羽交い絞めにされてカメラを取られるというのは良くあることです。事件も不用意に高級機材を見せていた、所持金も見せていた、と、聞いています。
ーー
(博物館)
この町の成り立ちに関しては市内に立派な博物館がありますから、行かれると面白いと思います。そこそこ、内容のある、愉快な博物館だと思います。