

たびちゃん、
最近の騒動を見ていると、本当に、
人間は善良なのがいいのかな? そう思ってしまいます。政治について語るのは苦手なタイプですが、
そうも言ってられない状況のようで、一文。
ミャンマー、バガン
見渡す限り、お寺の林で、このバガン王朝そのもは、公共事業で、お寺を作りすぎて、
金が掛かりすぎて滅んでしまいました。今の日本と殆ど同じ事で、公共事業に
借金で道路を無闇に作りすぎて、返済不能の状況に陥っているのと同じことです。
この王国は
千を超える寺と仏舎利を作ったようです。
人びとは競って金箔を寄贈して、この辺りの寺は眩いばかりの金ぴかです。
(大昔、寺を作りすぎて破産したバガン、道路を作りすぎてもうじき破産するであろう日本。)
。
子供が食うに困ると競って一人は寺に預け僧侶にする風習があるようです。
言ってみれば
親方日の丸の就職先なのかもしれません。
軍事政権は、何処でもそうあるように、金に転ぶ僧侶には寄付を仄めかし
転ばない僧には機銃を乱射して押さえ込み、インターネット、郵便は厳しく検問して、
民主勢力は弾圧で投獄軟禁なんでもあり。
見かねて経済封鎖をしたところで、
武器は中国から幾らでも入ってくるし、
援助は日本がせっせとしてくれます。おせっかいにも。
さて、今度は、サイクロンで何十万人が死のうと知ったことじゃない、という雰囲気があからさまです。軍と宗教勢力がこの国の2大勢力で、もちつもたれつ、相反したり、ひっついたり。
捻じ曲げられた仏教の教えは、善良すぎる宗教、のような気がします。
少し、教義を変えたほうがいいと思うのです。かっての日本の信長に対抗した本願寺のように。筵に要求を書き込んで、竹やり持って、お経を唱えて攻めて行き、刺し殺しながら進んでいけば、道は開ける気もするのですが。
チベットでも、ミャンマーでも、回教国のウイグルのように反乱軍、テロリストが、なかなか出てきません。この辺りは、以前は山岳民族の独立闘争が盛んでしたが、それに、民主化を弾圧されて逃げ込んだ学生運動家が加わって、一時期はかなり燃え上がりましたが、現在では押さえ込まれて沈静化してしまっています。
泣きながら、あきらめて、忍耐という言葉を飾りながら、不条理と無常に遊んでいるようでは、
いつまで経っても、同じことの繰り返しに過ぎない、ということになりそうです。
ミャンマーでも、各人が持っている<文化>が、
独裁者の誕生を容易にさせている悲劇が横たわっています。
軍政にも、そして、坊主貴族の側にも、その責任は、存在しています。
飛行機に乗り込むときに、尊大な態度を見せているのは、軍人と、そして
派手な色の袈裟を着た、坊主です。
両者は歴史上、長い長い時間、いかなる宗教であれ、手を握り合って、
時代の特権階級を作り上げてきました。
王は武力、僧は民衆のガス抜きと権威付けに協力して来たわけです。
それ以外の人民が捨て去られている、今の、ミャンマーの、
普通の人々にこそエールを送ります。